励起分子の無放射遷移と新しい紫外線吸収剤に関する研究

 励起分子は基底状態の分子に比べてエネルギーの高い非平衡の状態にあるため,非常に短い時間内に元の基底状態に戻るか,励起寿命内に化学反応や,構造変化を起こします。励起分子が基底状態に緩和する過程には,大きく分けて二つあり,光の放出を伴う放射遷移と光の放出を伴わない無放射遷移があります。一般に放射遷移の速度は外界の影響を受けにくい性質をもっていますが,無放射遷移の速度は,励起分子の周囲の環境(極性,流動性,温度など)に大きく影響されます。
 例えば,芳香族アミンの代表であるアニリンとその誘導体(図1)は,置換基の種類と置換位置に依存して,励起状態の緩和過程が大きく変化することを見出しました。アニリンのメタ位もしくはパラ位にメトキシ基(OMe)を置換しても緩和過程は大きく変化しませんが,アニリンのメタ位にシアノ基を置換したメタシアノアニリン(m-CN)は,水中で蛍光強度(蛍光量子収率)が著しく減少する,という性質をもっています。この分子の周囲に水があるかないかで光り方が大きく変化する性質を利用して,この蛍光団をペプチドやタンパク質の分子間相互作用を調べるための発光プローブに応用する研究も進めています。


図1 アニリンとその誘導体の構造式

 また,図2に示すアセトフェノン(AP)の誘導体であるオルトアミノアセトフェノン(AAP)は,図3に示すようにアセトフェノンに比べて長波長域に吸収を与え,しかも励起状態からすばやく失活する性質をもっていることから,UV-A領域(波長320-400nm)のサンスクリーンへの応用が期待されています。一般に有機系紫外線吸収剤に使用されている分子は,紫外線を効率良く吸収してそのエネルギーをすばやく無害な熱に変換する性質をもっています。従って,励起分子の無放射遷移に関する研究は,新しい紫外線吸収剤の開発にも関係しています。



図2 アセトフェノン(AP),オルトアミノアセトフェノン(AAP)の構造式


図3 (a) アセトフェノン,(b) オルトアミノアセトフェノンの
ヘキサン中(実線),アセトニトリル中(破線)の吸収スペクトル


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