励起状態プロトン移動反応に関する研究

 分子間あるいは分子内でプロトン(H+)が移動するプロトン移動反応は,電子移動反応とともに化学反応の基礎過程としてたいへん重要な反応です。一般にもよく知られている酸・塩基反応は,しばしばこのプロトン移動反応を伴います。では,このプロトン移動はどれくらいの速さで起こるのでしょうか。また,その速度を決めている因子は何でしょうか。私たちはこのような疑問に答えるため,フェムト秒レーザーと呼ばれる時間幅の極めて短いパルスレーザーを使って分子を瞬間的に励起し,励起状態でプロトンが移動する速度を測定しました。これまで水溶液中でプロトン化したアニリン誘導体やフェノール誘導体について,プロトン解離体の蛍光の立ち上がりを観測することによって,励起状態でプロトンが水中に放出される速度を実測することに成功しています。


図1 オルトシアノフェノールの基底状態,励起状態における
酸・塩基平衡

 図1に示すオルトシアノフェノールの励起状態では,図2に示すようにプロトン付加体の蛍光の減衰速度とプロトン解離体の蛍光の立ち上がり速度が一致し,15ピコ秒という値が得られました。1ピコ秒は1兆分の1秒ですから,非常に速い速度でプロトンが溶媒の水に移動していることが明らかにされました。一方,シアノ基のないフェノール自体では,プロトンが解離するには1ナノ秒(10億分の1秒)以上かかることがわかり,酸・塩基反応の速度に及ぼす置換基の効果について新しい知見を得ることができました。


図2 オルトシアノフェノール(o-CNOH)と
そのプロトン解離体(o-CNO-)の蛍光の時間変化


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