低酸素腫瘍組織のイメージング

 イ リジウム錯体は,通常の発光(蛍光)とは異なる"りん光"と呼ばれる発光を示します。図1に示されているように,蛍光は励起一重項状態,りん光は励起三重項状態と呼ばれる励起状態からの発光で,分子中の電子のスピンの状態が異なります。この"りん光"を有機EL(エレクトロルミネッセンス)として利用すると,"蛍光"に比べて発光効率が向上することから,イリジウム錯体は有機EL用発光材料としても注目されています。"りん光"は蛍光に比べて発光寿命が長いため,周囲に酸素が存在すると消光し,発光強度と発光寿命が著しく減少する,という特徴をもっています。




図1 分子のエネルギー状態図


 図 2の写真は,有機溶媒中に溶かしたBTPと呼ばれるイリジウム錯体(図3)のりん光が,溶存酸素によって消光される様子を示しています。我々は,この酸素による"りん光"の消光現象を利用して,細胞のような微小環境の酸素濃度を非侵襲的に測定する方法の開発と,癌などの低酸素組織を選択的に光イメージングする技術の開発を進めています。



図2 イリジウム錯体のりん光




図3 BTPの構造式


 図 4は癌細胞(HeLa細胞,CHO細胞,U251細胞)に取り込まれたBTPの発光強度が,細胞培養装置の酸素分圧に依存して変化する様子を示しています。いずれの癌細胞においても低酸素(5% O2)になると,発光強度が増加しているのがわかります。それでは生きた動物ではどうでしょうか。この性質を利用すれば,正常細胞に比べて低酸素になっている癌腫瘍を選択的に光らせることができそうです。そこで,癌腫瘍を移植したマウスの尾静脈からBTP溶液を100ml注射し,励起光を照射して発光を観測したところ,図5に示すように,癌腫瘍の部分(低酸素組織)だけを選択的に光イメージングすることに成功しました。


図4 癌細胞中のBTPの発光




図5 BTPによる癌腫瘍イメージング


 生体光イメージングの問題点として,光が生体深部まで届かないという欠点があります。しかし,近赤外領域の光を用いれば,1cm程度の深さまでは観ることができます。そこで,イリジウム錯体BTPの配位子を改良して,近赤外領域にりん光を示す新規イリジウム錯体の開発を行っています。

Copyright(C) 2011-2015 Tobita Lab All Rights Reserved.